内視鏡外科部長の竹村と申します。
我々がよく使う薬のひとつにプロトンポンプインヒビター(PPI)と呼ばれる薬があります。
PPIは1990年代より日常診療で非常によく使用されている薬のひとつで、強力に胃酸を抑制できる非常に有用な薬です。
適応は胃・十二指腸の潰瘍・逆流性食道炎・ヘリコバクターピロリ菌治療などであり、現在の日本では非常に沢山の方が内服されています。さらに、最近では食の欧米化やヘリコバクターピロリ菌の感染率の低下、肥満人口の増加により、容易に胃酸逆流が生じやすい状態の方が増えており、逆流性食道炎を含む胃酸逆流による病気が増加することで、PPIを使用する機会もさらに増えています。胃酸に関した病気は長期にわたる治療が必要なため、PPIは長期投与されることが多い薬ですが、副作用は比較的少ないことで知られています。しかしながら最近では長期投与による問題点もいくつか指摘されるようになっています。
まず、下痢の原因となる腸管感染症はPPI投与により胃酸分泌の抑制により胃内の胃酸度が低下し、腸内細菌層が乱れることで発症すると考えられています。PPIそのものが感染を起こすわけではありませんが、PPIの長期投与で改善しない下痢を認めた際には腸管感染症を疑う必要があります。またPPI投与での慢性の下痢がある場合には膠原線維性大腸炎という特殊な大腸炎も疑わないといけません。膠原線維性大腸炎は血便を伴わない慢性の水様性の下痢が特徴で、PPIや消炎鎮痛剤(いわゆる痛み止め)などが原因となり得るとされています。原因薬剤の中止で改善することがあり、PPIが原因の場合はPPIを中止し他の薬に変える必要があります。
プロトンポンプ阻害剤長期投与と関連が疑われている病態 |
● 腸管感染症 ● 膠原線維性大腸炎(下痢) ● 微量元素欠乏(マグネシウム・鉄・ビタミン) ● 腎疾患 ● 骨折(カルシュウム吸収低下) ● 悪性腫瘍 ● 認知症 |
PPIの長期投与は微量元素欠乏にも関連しているとされ、カルシウム・マグネシウム・鉄がその代表です。鉄は我々の血液中の成分で、酸素運搬に関わる物質であるヘモグロビンを構成する重要な因子ですが、鉄が少なくなると貧血(鉄欠乏性貧血)を起こすことが知られています。長期のPPI投与によって鉄の吸収障害が生じ鉄欠乏性貧血が生じると考えられています。さらに、強力な胃酸抑制により骨の重要な構成成分であるカルシュウムの吸収が減少し、骨密度が低くなることで骨折が増加することも問題点としてあげられます。
最近注目されているPPI長期投与の問題点として、胃の悪性腫瘍の発生があります。しかしながら現在では悪性腫瘍の発生に関しては確定的なものではなく、あくまでも可能性のレベルに留まっています。認知症の発症にも関連があるとする報告もありますが、関連がないとする報告もあり一定していません。
PPI内服の際の注意点 |
● PPIが本当に必要か医師に確認すること ● 短期間の使用にとどめること ● PPIを長期間使用した場合には、継続して使用する必要があるかどうかを医師に確認すること が重要で、PPIだけではなく全ての薬剤で必要最小限の容量と期間にとどめることで、副作用を少なくすることを考える |
逆流性食道炎や胃・十二指腸潰瘍などの胃酸が関連している疾患に対してPPIは非常に有用で多くの方に用いられており、長期間にわたって投与されることがよくあります。PPIは安全で有効な薬のひとつではありますが、長期投与により今回述べたものを含め様々な副作用が生じる可能性があることを考慮して、漫然とした長期投与は控えるようにすることが大切であると考えられるようになってきています。