開院75周年 ご挨拶と決意
「地域の皆様とともに歩んだ75年、
そして信頼でつなぐ未来へ。」
社会医療法人景岳会 南大阪病院は、2026年5月1日をもちまして開院75周年の大きな節目を迎えることができました。
当院は1951(昭和26)年の創立以来、幾多の時代の変化を乗り越え、今日まで地域医療の灯をともし続けることができましたのは、ひとえに患者さんやご家族を含めた地域の方々、関連する医療機関の皆様、そして自治体・関係各位の長年にわたる温かいご支援とご協力の賜物と心より深く感謝申し上げます。
当院はこれまで、「地域からよろこばれ、信頼される病院をめざします」という理念のもと、時代の変化と要請に応じた医療体制の充実に邁進してまいりました。近年では、患者様の身体的負担を軽減する腹腔鏡手術や手術支援ロボット(ダヴィンチ)をはじめとする高度医療の積極的な導入、予防医療・健診体制の強化、さらには院内環境の刷新や患者さんの利便性向上など、絶えず革新を重ねております。
医療を取り巻く環境は今、少子高齢化の進行や医療ニーズの高度化・多様化に伴い、大きな転換期を迎えています。しかし、どのような時代になろうとも、私たちが守り続けるべき本質は変わりません。それは、患者さんお一人おひとりに寄り添い、安心と誠実をお届けすることです。
75周年という節目にあたり、私たちは「地域の皆様の命と健康を守る基幹病院としての使命」を改めて胸に刻み、次の3つの決意を表明いたします。
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1.高度で安全な医療技術の追求
最新の医療機器や先進的な手術手技を積極的に採り入れ、より安全で低侵襲な、質の高い医療の提供に妥協なく取り組みます。
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2.「顔の見える」地域医療連携
近隣のクリニックや介護施設とのパートナーシップをこれまで以上に強化し、予防・急性期治療から回復期、在宅医療まで、地域全体で患者様を支えるシームレスな医療ネットワークを築きます。
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3.患者さん中心の温かい医療空間とホスピタリティの創造
「南大阪病院に来てよかった」と笑顔になっていただけるよう、職員一丸となって医療技術のみならず心のかよう接遇に努め、誰もが安心して過ごせる病院づくりを目指します。
先人が築き上げてきた75年の歴史と伝統を受け継ぎながら、次の80年、そして100年に向けて、景岳会南大阪病院は、これからも地域の皆様の「健やかな暮らし」を守る砦として、進化と挑戦を続けます。今後とも変わらぬご愛顧とご指導ご鞭撻を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
社会医療法人景岳会 南大阪病院
院長 竹村 雅至
1951年(昭和26年)は、第二次世界大戦後の日本の歴史において大きな転換点となった年です。1951年(昭和26年)9月8日に吉田茂首相をはじめとする日本全権は、第2次世界大戦中、我が国と戦争状態であった連合国48カ国の代表とともに、サンフランシスコ平和条約に調印しました。同条約は、翌1952年(昭和27年)4月28日に発効し、約7年間におよんだ占領が終結し、日本は主権国家として独立を回復しました。このように1951年は、日本が戦争の影から抜け「国際社会への復帰」に向けて大きく動き出す年になります。
この年、日本で起こった主な出来事
- 第1回NHK紅白歌合戦放送(1月3日)
- 伊豆大島の三原山が爆発(3月9日)
- 日本銀行が五百円札を発行(4月2日)
- 大阪市営バスで日本初のワンマンカー運行開始(6月1日)
- 度量衡法が廃止(6月7日)
- 日本航空設立(7月31日)
- 日本初の民放ラジオ局が開局(9月1日)
- 日米安全保障条約調印(9月8日)
- 日本初のプロレス 力道山デビュー(10月28日)
- ラジオ東京(現TBS)開局(12月25日)
などがあり、現在までも連綿と続いていることも多くあります。
また、プロ野球初のオールスター・ゲームが現在の形で開催されたのもこの年です。
病院歌
病院歌は、創立者・内藤景岳先生が作詞されたものですが、音源が残っておらず、75周年を記念して復刻制作いたしました。地域に根ざし、未来へ歩む決意を込めた歌を、ぜひお聴きください。
※再生すると音声が流れます。
音量にご注意ください。
創立者
内藤景岳先生
準備中
地域の皆さまに支えられ、
75周年を迎えることができました。
これからも皆さまの健康と笑顔のために、
より良い医療を未来へつないでまいります。
75周年記念グッズ
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75周年記念ロゴマーク







